 |
木村若衛(RCD-1) 大正二年、横浜市生まれ。その美声と見
事な啖呵は浪界随一で関東節系統の大看板。 ■河内山と直侍 ・・・花の雲 鐘は上野か浅草か
仕案下谷の黒門町 質屋稼業の物持ちで 掛けたのれんが上州屋 ■河内山玄関先 ・・浅黄の空に白い雲 紫
におう 大江戸に うわさ残した悪の花 数の六つの狂い咲き
|
|
 |
三門 博(RCD-2) 明治四十年、長野県松本市生まれ。三門
節の聞き所は軽快な小唄。民謡調に有り、ファンの心をとらえた。 ■唄入り観音経 ・・・見える 見え
ます塩津の沖が あれは八つ倉七つ島 立山おろしで岬が荒れりゃ ■男の花道 ・・旅のお客の夢のせて 海道一の
大川を 渡す連台肩車 此処はいずこと馬子衆に問えば
|
|
 |
相模太郎(RCD-3) 明治三十二年、東京・芝生まれ。滑稽物
が得意で、「灰神楽三太郎」で全国浪曲ファンを笑殺させた。 ■灰神楽道中記 ・・・大海の水を飲ん
でも鰯は鰯 泥水飲んでも鯛は鯛 鯨育てるあの荒海に ■大当たりの巻・伊勢の巻 ・・ヤクザ者 馬鹿じゃあなられ
ず利巧でなれず 半端者ではなおなれず ふったサイコロ
|
|
 |
寿々木米吉(RCD-4) 七十二歳で他界。明治三十二年、新
潟県生まれ。「佐渡情話」一本で一世を風靡した大看板。 ■佐渡情話 ・・・佐渡へ佐渡へと草木も
なびく 佐渡は居よいか住みよいか 唄で知られた佐渡ヶ島 ■唐人お吉 ・・天城の山にも 春訪れりゃ 薮鶯がホ
ーヤーホーケキョと啼きわたる
|
|
 |
春日井梅鶯(RCD-5) 八十歳で他界。明治三十八年、千葉
県生まれ。リズミカルな梅鶯節が満開したのは大ヒットとなった「赤城の子守唄」からである。六十九歳で他界。 ■赤城の子
守唄 ・・・満つれば欠くる月の影 昨日の淵は今日の瀬と 移り変わるも人の世の ■一本刀土俵入り
・・櫓太鼓の勇みばち 人の働く一年を 二十日で送る相撲取り しかも左に露払い
|
|
 |
先代玉川勝太郎(RCD-6) 明治二十九年、東京・牛込生まれ
。長い下積生活を経た後「天保水滸伝」で人気を集める。七十三歳で他界。 ■天保水居滸伝
・・・利根の川風袂に入れて 月に棹さす高瀬舟 人目関の戸 叩くは川の 水にせかるる水鶏鳥 ■十一屋花会
・・利根の川風袂に入れて 月に棹さす高瀬舟 人目関の戸 叩くは川の 水にせかるる水鶏鳥
|
|
 |
先代広沢虎造(RCD-7) 明治三十二年、東京・芝白金生まれ
。「清水次郎長伝」で大成し、その人気は全国にとどろいた。六十五歳で他界。 ■清水次郎長 石松金毘羅代参
・・・秋葉路や 花橘も 茶の香り 流れも清き 若鮎おどる 頃となり 松の緑の 色も冴え ■清水次郎長 石松
三十石船道中 ・・酒を呑むなと睨んで叱る 次郎長親分恐い人 恐いその人又懐かしい
|
|
 |
先代広沢虎造(RCD-8) 明治三十二年、東京・芝白金生まれ
。「清水次郎長伝」で大成し、その人気は全国にとどろいた。六十五歳で他界。 ■清水次郎長 石松と小松村七五郎
・・・東海道 その名も高き 伊達男 義理と情けで 世を送る 腕は黒鉄 ■清水次郎長 石松閣魔堂の瞞し討
ち
・・男伊達 渡り鳥かよ また旅かけて 苦労するのも人の為
|
|
 |
先代広沢虎造(RCD-9) 明治三十二年、東京・芝白金生まれ
。「清水次郎長伝」で大成し、その人気は全国にとどろいた。六十五歳で他界。 ■清水次郎長 お民の度胸
・・・黒金の 鉄火の意気が胸に燃え 義侠の二字に生きる身の バカを承知のヤクザなら ■清水次郎長 石松の
最後 ・・州名物 何よと問えば 男伊達衆か 太刀魚か 天竜のながれで 育ついい男
|
|
 |
先代広沢虎造(RCD-10) 明治三十二年、東京・芝白金生ま
れ。「清水次郎長伝」で大成し、その人気は全国にとどろいた。六十五歳で他界。 ■清水次郎長 追分三五郎
・・・三国一の富士の山 麓に残る一村は 付けた名前の山本村 ■清水次郎長 石松の仇討ち
・・扨て 追分三五郎 追分宿を後にして 参りますのが清水港 宇土町
|