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阪神淡路大震災
コメント募集期間:2002年1月15日〜2月4日

兵庫県神戸市

災害復興のテーマは、いつまでも盛りあがるものであって欲しいですし、実際盛りあがりますよね。しかしながら、気持ちが盛り上がるようなテーマで、このような意見は気分を盛り下げるのかもしれませんが、神戸の三ノ宮にいつのまにか出来ていた「災害復興プラザ(フェニックスプラザ?)」だけは、どうかなってずっと思っていました。あれを建てたお金ってどこから来たんでしょうか?三ノ宮に遊びに行ったときにいつも前を通りますが、トイレか雨宿り場所かって感じです。復興に貢献しているとも、詳しい資料館の役を担っているともとても思えません。どうして、もっとお金を他の用途に回さなかったのか。本当に、必要なものには何一つお金を使わずにまず1番にあのプラザが出来あがったのが当時学生だった私の心に印象深く残っています。
「阪神淡路大震災」と聞くたびに、家がなくなった、職がなくなった、誰もがなくなったと言う話題をあのプラザの横を素通りしながら友達と話し歩いた思い出ばかりがよみがえります。


石川県金沢市

その日は朝早くから目が醒めて、直後からずっとニュースを見ていた記憶があります。同僚には医療班の一員として被災地にいって救助活動した人もいました。関係ありませんが、手術中2度も停電になったりして貴重な体験もしたことがありますが、自分が実際その場にいたら家族を残して病院で病人の治療に当たれるのかなぁ〜?などと思いました。頑張っていたスタッフは偉いです。


大阪府羽曳野市

ボランティアで何回も地震後に神戸を訪れましたが、最初は水だけといっていた人間があれもこれもと欲望を満たしていく過程を目の当たりにしたので、あまりよいイメージがありません


宮城県仙台市

早いものですね。もう7年なんですね。平成9年3月に復興中の神戸を訪問する機会がありましたが、街自体は多分以前の街よりも近代的な街として生まれ変わったことだと思います。でも心のケアはどうなんですかね。自然災害は避けきれないものでしょうから小さなことでも防災の心がけだけものしていたいものです。


愛知県豊橋市

東海地震が騒がれている今、阪神・淡路大震災は人事ではなくなってきました。
でも、地震に備えて何を用意していたら良いのか、さっぱりわかりません。
それに、地震っていつ起きるのか分らないじゃないですか。
準備していても、昼間仕事に行っている時に地震が起きたら???等 不安な事だらけです。
だからといって、準備はしておかないといけないですよね?
一番は、地震が起こらなければ良いんですけどね。

でも、阪神・淡路の人たちはすごいですよね。
数年前、旅行に行ったのですが見事復興されていて・・・・
一部震災の後が残っていたのですが、2回目に行った時には、ますます綺麗になっていて。
淡路へも花博を開催している時に行ったのですが、自然がたくさんあり、また是非行きたいと思っているんですけど。。。。

隣近所に誰が住んでいるのか、顔も知らないと言う人たちが増えている今の世の中、もし地震が起こっても近所の方が助かったのか、まだ瓦礫の下にいるのか分らない。。。。
なんていう事は避けたいですね。

なんだか分らなくなってきてしまいました。ごめんなさい。


兵庫県尼崎市

マンションの水道が止まり、2週間ほどお風呂を借りてました。


石川県能美郡

いろんな防災グッズがあるけれど、揃えるとなると、けっこう高い。そして、いろいろありすぎて、どれがほんとうに必要なのか、考えてるとわからなくなって、結局何も揃えずにいる私です。きりがないんですよね・・・。誰か、そのへんのとこ、いいお知恵をおかしください。


東京都江東区

わたしは何とその前の日まで、連休を利用して大阪に来ていたんです。
朝、会社に行くのに5時半からのニュースを見ていたら、突然の地震、そして、神戸支店の人は皆連絡が取れず、心配しました。うんがよかったなあって思う反面、身近に起こりうるということでいろいろ考えさせられました。


神奈川県横浜市

近頃、関東地方で目立った地震がないのが、かえって不気味です。備えあれば憂いなし、とはいいますが、なかなか腰は重く、微々たる備蓄しかありません。この機会にぜひ、サバイバルフーズを試してみて、良かったら購入を考えてみたいです。
人間は必ず人生で一度、大地震を体験するといつか聞きましたが、案外本当なのかもしれませんね。


神奈川県横浜市

9月の第一土曜日は、我家の防災用品いっせい点検の日です。
(*そして日曜日は、賞味期限の迫った食品の在庫一掃食べまくり大会になります)
 1、5日間は、自分たち独力で生きることのできる食糧、水、薬、簡易トイレや寝具
   そしてテントなどを備蓄すること
 2、職場にも、食糧、水やスニーカーを備えておくこと
 3、避難場所までの複数のルートを熟知していること
 4、応急手当の講習を受けておくこと
 その他、細々したことを、話し合うことにしています。
  (最悪に備えろ・・・これが父親の口癖になっています)

最近、防災用品の売り場が縮小されたり、廃止されているケースを見るにつけて、喉元すぎれば熱さを忘れ・・・この言葉をしみじみと感じています


大阪府池田市

すごい揺れでタンスやテレビが動きました。食器が割れましたが1/17がくるたびやはり今も恐いです。


東京都立川市

私の住んでいる団地は敷地内全部が「災害時広域避難場所」に指定されている。しかし、ここは分譲団地、と言うことは敷地内は自分の家の庭と同じ、災害時は何百人が入り込むかも判らない。そして、最も問題なのはトイレ。庭に排泄物がわんさと積もったらどうなるのだろう。


兵庫県神戸市

●近所づきあいが大切です。阪神大震災の時は近くの公園に避難した後、誰それさんの姿が見えないということで数人で全壊した家の屋根に登り瓦から順番にはがしていき埋もれていた人を助け出しました。二階建てでも潰れたら本当にぺちゃんこです。私は2軒ほど関わりました。4人家族で1人目は助かったがその後は声が聞こえているので励ましながら取り除いていったが声が弱くなってたどり着いたときは亡くなっていました。本当に何人で救助するかで早く助け出せるかが決まりますので近所づきあいは大事です。道具もなく作業するわけですからなかなか進みません。
●煙草を吸う人は注意。地震で傾いた家から脱出しほっとして煙草をする人がいます。周りはガスの匂いがしてるのに。煙草を吸う人は習慣なのかも知れませんが周囲の人が注意する必要があります。
以上ほんの少しだけコメントしました。私の家の並びと向かいの並びで残ったのはうちと隣と向かいの3軒だけ、7割以上が全壊でした。


静岡県清水市

去年、四国に旅行に行った帰りに断層公園によってきました。
土地柄、地震のことはよく考えているのですが、あの断層と断層が出来るシュミレーションをみて益々我が家の防災意識が高まりました。
やはり、テレビで見るのと違い実際のものを見ると考えさせられますね。

非難道具はそろえてあるのですが、家族3人(赤ちゃん一人)の最低限必要な非難具はどんな物ですか?あれこれ入れると重くていざというとき持っていけないような気がするんですが。


神奈川県横浜市

本当に心の痛む災害でした
ものがなくなり、大勢の尊い人の命が犠牲にになったことはあらためて地震の恐ろしさを痛感させられました
残された人々のその後の人生に大きな影響をあたえたことも他人ごとではすまされません
つつしんでご冥福といまがんばって生活されているかたに声援をおくりたいと思います。

自分を助け、家族を助け、困っている人に手を差し伸べることを考えたときにどういった心がけがひつようなのか、ひとそれぞれ家族構成や収入や地域性や国、自治体の取り組みなどがあるとおもいますが、なにをすべきかマニュアルがほしいですね


兵庫県神戸市

私は、震災を大阪・守口で体験しました。そして、今は結婚して震災時は高速の高架が落ちて有名だといわれる目の前のマンションに縁あっています。こちらに来てもうすぐ2年ですが、実際になくなられた方の話や水道から出る水のなんとありがたいことかという話等を被害の大きいところで聞くと今でも痛みを負っている人がたくさんいるのだとひしひしと感じます。


大阪府池田市

当日六甲アイランドで仕事が入っており 、前日西宮の友人の結婚式に出席していたため、とても身近に感じました。関西に住んでいる限り地震とは無縁だと信じきっていたこともあり、1日で価値観が変わりましたし、うまく言葉で説明することもできません。幸い知人で亡くなった人はいませんでしたが、自分自身がしばらく余震などに異常に敏感になり、被災地の方のことを考えると本当に涙が出ました。親戚に水や食料を届に行きましたが、あまりの状況に言葉もありませんでした。当時国道を封鎖しており,家の前の道を自衛隊の救援車が一日中走っていました。交通の妨げになるのでは…と思うと車を使うこともできませんでした。そんな中おもしろ半分に出かけた人の気は知れません。知人心配で駆けつけるのも人情としては仕方がないかもしれない。でも実際に救援のため被災地に向かう車の渋滞を引き起こしていたことも事実です。遠方に住んでいれば、物資を送ることしかできないというかもしれないけれど、逆に近くに住んでいるために身動きが取れないこともあると感じました。人的災害は防ぐことができますが、自然災害はどうしようもありません。日頃から備えだけはしておかなければならないなあと、この日が近づくたび改めて感じます。


神奈川県川崎市

昨年9月に結婚しました。夫は兵庫出身です。阪神淡路大震災の際はボランティアのために大学を休んで兵庫に帰ったというエピソードを聞いて惚れ直してしまいました。優しい人です。
新聞などで4月までに東海大地震がくるときいています。それにそなえて、防災グッツをそろえています。よろしくお願いいたします!


高知県大牟田市

阪神の震災では、沢山の犠牲者がおられましたね。私の知人も大変な目にあった方がおられます。自分の家族が息をひきとて助からないのを知ると、すぐに他の人の救助にまわった方もおれば、新聞配達をしていて助かって感謝した人など。本当に経験したものでなければあの時の怖さは分からないでしょうね。でもその後の人それぞれの抱えていた問題に対処する姿勢は、やはりそれぞれだったようです。私は、福岡県に住んでいるのですが、震災にあわれてこちらにひき上げてきた方の中である方は、「もう人に会うのも嫌。自分がとってもかわいそう。」と言う人もいました。先にあげた他の人のためにできる限り自分の出来ることをしようとした人とか、命が助かったことに感謝した人とはかなり違っていました。心の持ち方は、きっとこれからのその人の生き方に影響を及ぼすでしょうね。「 何事が起きても、私自身プラスに前向きに生きていきたいなぁ。」と考えさせられました。


大阪府茨木市

大変な思いでした。出勤が出来なく友人と救援物資の収集、発送で神戸へ2往復(17日)

西日本のボランティアのドクターを大阪から神戸へボランティアのバイク(自動車は動けず)で後ろに乗せて送り出したり、何週間自宅に帰れなかった。今では、楽しい思い出となっている。


広島県広島市

学生時代西宮に住んでいたので真っ先に西宮市に義捐金を送りました。そうしたら神戸市にばかり義捐金が集まると聞いたので又クラスメイト達と義捐金を集めて西宮市におくりました。


東京都多摩市

大学に通っていた頃、あの悲劇が起こりました。
ゼミの後輩が神戸までボランティアに駆けつけていたのを思い出します。
ところで、私の従姉妹は、玄関先に防災グッズが置いています。
カッコいいディパックに食料品などを詰め込み、これまたカッコいいヘルメットと一緒に置いてあります。
それが、まるでディスプレイの様にお洒落でした。
真似しよう真似しようと思いつつまだ実行していません。
時既に遅しにならない様、揃えて行きたいです。

震災のボランティアの後輩は、そこで恋が芽生えていました。
残念な事に超遠距離で続かなかったみたいでしたけど。
でも、こんな縁もあるんだねぇとゼミのみんなで感心していました。
素敵なカップルになっただろうに。


大阪府大阪市

阪神淡路大震災の時、甲子園に住んでいて、私の家も被害に遭いました。地震直後は停電のため、真っ暗でわからなかったのですが、明るくなってから部屋の様子を見てびっくりしました。買ったばかりのTVは飛んできてるし、タンスも全部ひっくりかえってたんです。トイレの上にあるタンクも傾き、水が溢れてるし・・・。一番困ったのは断水でした。寒い中、ポリタンクを持って給水場で並びました。ガスも1月程止まってしまって、会社帰りに銭湯に通う毎日でした。今まで他人事だと思っていたのに、まさか自分が・・・って感じでしたね。でもそういう状況に陥ってみて、改めて人のやさしさにも触れることができ、今となってはよい経験になったと思っています。今ではちゃんと非常持ち出し袋を用意して、災害に備えています。

実は阪神淡路大震災の時、私はあの揺れの中、寝てました・・・。


兵庫県姫路市

私の住む姫路は、神戸の震度6に比べると、震度4と揺れはまだ少なかったのですが、普段寝起きの悪い私が飛び起きるほどのすごい揺れでした。しばらくは体の震えがとまらなかった記憶があります。ちょうどその頃、姉が神戸に住む男性(今の義兄)と結婚することになっていたのですが、義兄も倒れてきたタンスにあやうく下敷きになるところだったそうです。避難所でも大変な思いをしたそうです。新居に運び込んでいた家具もかなりダメージを受けていて、姉が涙をこらえながら、めちゃくちゃになった新居へ荷物をとりにでかけていったのを思い出します。親戚などにも犠牲になった人間がいなかったのは不幸中の幸いでしたが、関西には「南海地震」という、50年後には発生率80%になる大きい地震発生の可能性があることを最近知り、ちょっと薄れつつある地震への対策について、改めて必要性を感じています。


島根県出雲市

もう七年経ちましたか。日本人は特に危機意識が薄く特に私などあれから何もしていません。今年などは1月17日を無意識に過ごしました。日本列島がどうも活動期にあり危なそうと思っていてものんびりしたものです。


宮崎県宮崎郡

私はもともと奈良に住んでいたので、大震災の時は家で4度くらいの地震を体験しました。奈良は結構地震が少ないほうなので、それまで感じたことがなかったくらいゆれて、本棚の上のぬいぐるみが落ちてきたりしました。6時ころだったので寝ていたのですが、一瞬で目がさめました。4度くらいだったとは思いましたが、本当に、「死ぬ!!」と思いました。だって、布団から1,2回跳ね上がりましたから。
奈良でもあんなんだったから、きっと神戸はものすごかったんでしょうね。

あれ以来、地震が怖いです。
今は宮崎で大学生をやっていますが、5階建てのアパートなので地震ですぐに崩れそうな気がして、ちっちゃい地震でもびくびくします。


宮崎県宮崎市

私は明石に住んでいました。両親は西宮に住んでおり、間に神戸があります。
明石はさほどでもなかったのですが、神戸、西宮は被害が大きく、父も壊れた家の下敷きでなくなりました。
鉄道も不通で、明石から西宮へは車でずいぶん遠回りをして何度も往復したことを覚えております。(行く度に水や衣類を運びました)
こんな災害はもうこりごりです。


埼玉県大里郡

我が家には大型犬が4匹います。災害があって非難したらまず、テントなどで決して犬達と離れない事、人と同様に非常食や薬等を用意しなければなりません。阪神大震災の時、ペットや外国人の方(それも何十年も日本にすんでらっしゃる方達です)を避難場所に受け入れない人達がいるのを知ってショックでした。あと、助け合いが必要なのに高い値段で食べ物を売っていた近隣の県や市の人達。。。そんな国民に未来なんていらないと思います。


群馬県館林市

実家が神戸の長田で、東京から、神戸に帰ろうとしたのですが、1月17日は大阪止まり、翌日、電車がないため、タクシーを拾って、三田経由で帰ったのですが、8時間4万円かかり、まいりました。家族が無事でよかったけど、やはり心配でした。


静岡県富士宮市

当時,父が建てた築26年目の木造家屋に住んでいました。2階部分は増築であったり,子供も増えそれぞれがたくさんの家具に囲まれた中で寝ざるを得ない状態であったりと,静岡に住む人間にとっては,とても不安な日々を送っていました。そこに他人事とは思えない惨事のニュースが耳に飛び込んできたのです。以前から新築しようかどうしようか迷っていましたが,その時吹っ切れました。数多くの障害を乗り越え家を新築し,現在は耐震施工がしっかりとされている家に住んでいます。


兵庫県伊丹市

神戸の友達の家に泊まってたので、凄く困った。
コンビニなども全然食料がなくてどうしようもなく、数日後、車で神戸脱出!をはかった。
家に帰るのに大阪を経由したら、大阪はなんにもなかったように普通に町が機能してて、なんか信じられない光景をみているようだった。


香川県三豊郡

もう、7年経ったのかというのが正直な気持ち。物質面での復興は早かったですね。地震から1、2年経過してから神戸に行ったんです。以前と変らない景色がありました。その時、人間の努力って凄いと思いましたね。いつか、被災者たちの心の傷も塞がればな。


沖縄県沖縄市

阪神大震災のあの光景は決して忘れることが出来ないでしょう。今は復興のことが目立っているような気がしますが、その後ろにまだまだ取り残された所や人々がいるということを忘れてはいけないと思います。あの教訓を生かすことはこれからの災害発生時の大きな道しるべとなるでしょう。日本人が恐らく初めてといっても過言ではないと思いますが、あそこから日本のボランテァが育ったと思います。災害時には公の支援ももちろん大事ですが、細かくそばで応援してくれるボランテァもそれに劣らないくらい力を発揮すると思います。これからは学校教育にもボランテァ精神を取り入れるべきだと思います。ボランテァは強制では有りませんから心からやるんだという気持ちを育んでもらいたいと思います。


 ■店長コラム 震災からの復興... [2002.2.4]

神戸の長田区再開発では、別な意味での未だに震災の爪あとの問題があるそうです。
それは商店街に活気が無いこと。多くのテナントが空いたままで客が戻ってないとテレビで報道されていたのを見ました。これらは、行政主導の街づくりの方針(都市計画)に問題があるという見方もあります。
建物はすぐに復興しますが、町の活気を取り戻すことがいかに難しいか今後も注目して行きたいテーマだと私は感じております。
生計を立てるなど生活に直接関係することはあまり報道されません。報道されたとしてもドキュメンタリー調の報道である場合が多く問題提起やニュースではないのです。だから「神戸の町並みは震災前に戻った」でほとんどの方が終わってしまう。自然災害は日本人には無視できない問題。以前とは生活環境が大きく変わってしまった地元の人や当事者にとっては現在進行形の大きな問題であるにも関わらずあまりクローズアップされないのも考え物です。

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サバイバルフーズ(非常食)とは?


店長 早川
【Seiさんのお店】は(株)セイエンタプライズ(創業1978年)がハッピーマーケットに出店したインターネットショップです。災害用の備蓄食料品の輸入卸元として、サバイバルフーズサバイバルフーズ,スペースセーバーコンプレス®)を創業以来29年間、官公庁及び地方自治体様をはじめ、沢山のお客様にご愛顧を頂いております。
商品名・"サバイバルフーズ" ―――本来は災害用備蓄食品。涼しいところに保管することで、25年間もそのまま美味しく召し上がれる弊社独自の食品です。
フリーズドライ製法と言って、一流のシェフのレシピにしたがって調理されたシチューなどの食材を、独自の技術で一瞬にして凍結乾燥。だから味も鮮度も変わりません。米国NASAではスペースシャトルの機内食として弊社のサバイバルフーズが採用されています。
作り方は簡単、お湯で戻すだけなので手間いらず。味も栄養もそのまま変わらない"サバイバルフーズ"だから、ちょっとしたランチタイムなどの食卓に彩りを添えることでしょう。
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